旅の百十五:「旧岩崎邸/東京都台東区池之端」
前回に引き続き上野の旧岩崎邸をご紹介いたします。
旧岩崎邸は、上野不忍池の南西、池之端に位置し、明治27年(1894)着工、明治29年(1896)に竣工した、三菱財閥3代岩崎久弥氏の邸宅で、和館・洋館・撞球室の3棟で構成されて
います。
洋館は、ジョサイア・コンドルの設計で、木造2階建・
煉瓦造地下室付・玄関部3階建搭屋、外壁下見板張り、
屋根スレート葺の建物です。玄関は北面にあり、1階には
大広間・大食堂・配膳室・客室・書斎などが並んでいて東側に
サンルームが付いています。2階には大広間・寝室・客室・
予備室などがいくつも並んでいます。これらの部屋には
金唐革紙という豪華な壁紙が貼られ、トイレは水洗式です。
外観は玄関の搭屋を3階建の宝形型ドーム屋根として
アクセントをもたせ、南側は1・2階のベランダを列柱廊とした
コンドルの得意なコロニアル様式となっています。主に
迎賓館として来賓の接客に使われるほか、岩崎家一族の
懇親会も年に数回、行われていたようです。
和館は、明治29年の竣工時には岩崎久弥氏の家族が暮らしており、床面積は550坪、部屋数は50以上もある大邸宅でした。大正初期、久弥氏の家族9人が生活している時は、住込みの
使用人が40人ほど居たようです。和館の設計は、大工棟梁の大河喜十郎と伝えられています。現在残っている建物は、
書院造りの大広間・次の間・三の間の三室と、茶室、トイレ、
渡り廊下のみの90坪ほどですが、これらには、杉・桧などの
良質な銘木がふんだんに使われています。主たる部分は、
昭和44年頃に取り壊されたようですが、残しておいて欲しかったなと悔やまれます。
写真の撞球室とは、ビリヤード室のことで、洋館の地下室と
地下通路でつながっています。設計は、洋館と同じジョサイア・コンドルですが、スイスのログハウス風の建物で、校倉造に
屋根は切妻造スレート葺です。内壁には、かなり傷んで
いますが当初のものと思しき金唐革紙が貼られています。
上野界隈には、ほかにも寛永寺や東照宮などもあり、
また、近代化建築も数多く残っています。また、機会があったらご紹介したいと思いますが、清々しい秋の日に、皆さんも
訪ねてみては如何でしょう?