旅の三十:「地元の味ある建物たち」
先日、山梨の地方紙(山梨日々新聞)を読んでいたら、上野原特集のページに登録有形文化財『大正館』の記事が載っていました。文化庁の登録文化財制度が発足したのは平成8年。近代化遺産の調査はその前年の平成7年より始まっており、私が所属する山梨県建築士会も調査の委託を受け、私自身、調査員の一員として山梨県東部地域の調査を担当したことを思い出しました。そこで今回は、その時「発見」した、いくつかの建物を紹介したいと思います。
●まずは、先ほどの「大正館」(上野原市/平成9年登録有形文化財認定)
上野原市中心部の甲州街道旧上野原宿の東側に位置し、甲州街道より一本北側の通りに面して建っています。大正13年、活動写真、無声映画の映画館として建てられ、庶民の娯楽の場として親しまれてきました。当初は、1・2階共、畳敷きのホールでしたが、後に無声映画から有声映画へ変わると共に、ホールも畳敷きから固定式の椅子へと変化し、その際、映写機を交換したため、2階中央部の床を撤去しています。その後、映画の衰退と共に、上映日が減少し、昭和63年の上映を最後に、昭和時代の幕切れと共に閉館。現在は人形店大正館の倉庫として使用されています。
木造2階建て、切妻造り亜鉛引鉄板葺き。外壁は下見板張りとし、ファサードはモルタル塗りで、円柱やアール型の壁を設けるなど、擬洋風の外観になっています。内部は入口付近に2階へ上がる階段があり、その奥が40~50坪程のホールとスクリーンの付いたステージ。映写機室は入口横の正面左側にあり、アーク式の映写機が設置されています。2階はバルコニー型の客席で固定式の椅子が取り付けられています。老朽化して傷んでいますが、なんとか庶民文化の灯を後世に残せたら良いなと私は思います。そして、また、いつの日か再生され、当時の映写機で懐かしい映画が上映されたら素晴らしいんですが!
●次に「旧明治医院」(都留市/平成10年登録有形文化財認定)
国道139号を大月から都留に向い、禾生交差点の少し先、国道沿いの東側に小さな洋館があります。旧明治医院は都留市小形山からこの地に移転し、明治時代末に開業したものだそうですが、今は営業はしていません。大正時代の建築と思われる木造2階建ての建物は、石造風に鏝で仕上げられたモルタルの外壁、西側と南側の面に各4つ設けられた窓、建物隅を柱型状にしその柱頭に彫刻をかたどった飾りなど、なかなか見事なものです。現在は、維持管理上、屋根は葺き替えられ、上げ下げ窓の外側にアルミサッシを取り付ける等、手を入れられてますが、全体的には建設当初の形式をとても良く残しています。内部は1階が応接室、2階が和室で保存状態はきわめて良く、オーナーの方が古い医学書などと共に大切にしているのだろうな、と思える良い建築物です。
●三番目は「旧今井医院」(大月市/平成10年登録有形文化財認定)
大月市初狩のJR初狩駅より少し西、甲州街道沿い南側、鉄筋コンクリート造を模した木造2階建てのチョット目を引く建物が、旧今井医院です。調査の最中に大月市在住のもう一人の調査員と「面白い建物がないか」と各地を廻って探していた時に見つけた建物です。一見、RC造かな?と思ったのですが、何か雰囲気が違うし、隅柱の柱頭の飾りや窓の装飾から見ても、なかなか味のある良い建物だなー!という事で訪ねてみました。こちらも元は医院で、現在は住宅として今井さんが住んでおられます。したがって、内部は詳しく調査できませんでしたが、建設当時の写真を見せて頂いたり、お話を伺ったりしました。北側の正面と両側面のファサード部分はRC造風、柱頭や梁型、窓に装飾を施し、玄関の庇の持ち送りなど随所にはデザインされた飾りがモルタル塗りで丁寧に仕上げられています。
これら、登録文化財制度によって認定を受けた3件は、それぞれに味わい深い、歴史の染み込んだ建物です。現在も大切に使われており、ご先祖からの遺産を大事に守り、後世に残して行こうとするご子孫の気概が伺われます。しかし、一方で維持管理の手間や、経済性、生活の利便性での様々な問題も多いことでしょう。そうした面からも、地域やいろんな活動団体、行政などが一体となって援助し、少しでも多くのものが残していけたらいいな、と思います。
次回は、登録文化財にまだ認定されていませんが、調査時に見つけた建物を紹介したいと思います。お楽しみに!