2005/11/28 番外編 「構造計算偽造問題について」
今、世間を騒がせている大きな事件として姉歯建築士の構造計算書偽造が、社会問題となっています。皆さん大枠はご存知でしょうが、今回は同じ建築士として、今わかっていることを整理しながら、コメントを書きたいと思います。
●まずは「建築士とは何をする人間か?」。建築士とは、建築物の設計や工事監理を行うために必要な国家資格を持った者で、その資格には扱える建築の規模に応じて一級建築士・二級建築士・木造建築士の3種類があります。建築士には計画や法規、構造のほか設備、施工にいたるまで幅広い知識が必要となります。しかし、通常、マンションやビル、工場などの大規模な建築物では、これらの全てを一人の建築士が行うのではなく、建築を総合的にプロデュースする「意匠設計者」(これが私です)、構造を専門に設計する「構造設計者」、設備・電気を専門に設計する「設備設計者」(建築設備士)の3者が協力して設計は行うことになります。今回の事件は、この中の「構造設計者」が国土交通省から告発された事件です。
●私たち意匠設計者は、お客様から設計の依頼を受けると、企画・基本計画、基本設計、実施設計と行っていきます。この中には構造設計も含まれており、柱の間隔や大きさ、耐震壁の位置など構造的にも強く、建築基準を満たし、なおかつ、経済的な計画を立てながら、設計を進めることになります。構造設計者や設備設計者は意匠設計者のチームの一員として信頼関係に基づいて設計を行っています。
●次に「構造計算」について、です。構造計算とは建築物を設計するときに、重力(自重・荷重)や地震力、風圧力などの外力に対しての安全性を計算するもので、柱、梁や壁の大きさや長さ、鉄筋の太さや本数などを定められた基準に基づいて計算し、設計図に反映させます。通常、構造計算はパソコンに建物に関するデータや、地震や強風のときの水平方向にかかる力を入力して計算します。この構造計算書を偽造し、故意に構造耐力の小さい建物を設計したのが今回の事件です。その手口の、詳しいことは分かりませんが、報道によると次の様なことだと思います。まず、正しい構造計算書を作成。次に、もう一つ別に、荷重や地震力、風圧力などの外力を小さく設定し、柱・梁の大きさや鉄筋の太さや本数などを小さくして計算。そして最終的に、この2つの計算書を合体させて提出、という手順です。建物の概要や外力の記載してあるデータは、正常のもの。鉄筋の太さや本数など中身の部分は小さい数値のものを使い、ページも合わせていたようです。
●では、建築確認とは何でしょう?建物を建築する場合、その計画が建築基準法等の法律に適合しているかを、所轄の行政庁の建築主事または指定確認検査機関に建築確認申請書を提出し、確認を受けなければなりません。今回は、指定確認検査機関イーホームズ株式会社や各行政庁の建築主事が、構造計算書の偽造(データ改ざん)を発見できずに確認を出したために大きな問題に発展してしまいました。故意に見逃した、ということではないようですが、チェック機能が働かなかった、ということは厳然たる事実です。以上が構造計算偽造事件の概要です。
●私はこの事件を知って、ものすごく恐怖を感じました。私たち建築士一人の行動によって、社会がこんなにもなるなんて。これは一種のテロといっても過言ではありません!
地震が起きた場合や経年変化によって建物がどうなるのか、容易に予想がつくのにどうしてこんなことができるのでしょう?建物を買う側にしても、専門家が構造計算書を偽造するなんて、思いもよらぬことです。常識的に考えて、人間のすることではないのですから。確認をする側も分からないと思います。
200~300ページものデータを細かく改ざんしているようですし、何より「偽造されているはずはない」という前提でチェックしているのです。でも、これからは、ある種の「異常者」をも想定した確認のチェックをしなければならないでしょうね。我々にとっては迷惑なことだけど。
●ただ、今回のような鉄筋コンクリート造は中間検査といって、現場で鉄筋が設計図通りに出来ているのかの検査があります。「図面との照合」と言ってしまえばそれまでですが、通常の耐震力の5割程度しか耐震力のない鉄筋ですよ?検査官は「鉄筋が少ないな?」と感じなかったのでしょうか。施工者も、他の物件と比較して何か感じるところがあったはずです。この他にも、私の頭の中は疑問符だらけです。これらの疑問については、これからの事実究明をしっかりと見つめていきたいと思います。
●建築は、私たち人間が生きていくために、その生命と財産(物的、精神的、あらゆる物)を守るべきものです。そのために私たちは建築士という国家資格のもとに、責任感と誇りを持って仕事をしています。お客様の信頼こそが財産である、ということを私自身、改めて認識しながら、これからも皆様に安心して暮らしていける建築の「正道」を、信頼できるスタッフと共に地道に歩んでいきたいと思います。