旅の六十四:「ブルーノ・タウトの建築」
ブルーノ・タウトという建築家をご存知ですか?
日本の文化と風土を愛したドイツ人の建築家です。1880年5月生まれ、
1909年に建築事務所を開設し、前衛的な建築で名を馳せましたが、
第一次世界大戦により建築活動は中断。第一次世界大戦後、勤労者の住宅
不足を解消するため集合住宅に力を注ぎますが、当時、ナチス支配下の
ドイツでは、集合住宅によって大衆の利便を図ろうとする建築家は、
社会主義的であるとみなされ、ヒットラー内閣成立直前の1933年3月、
友人より身の危険を告げられた彼は、エリカ夫人を伴いベルリンを脱出。
かねてより招聘を受けていた日本に向かうため、まずスイスに逃れ、
フランス・ギリシャ・イタリア・トルコを経てソ連に入り、モスクワから
シベリア鉄道や船を乗り継いで、2ヶ月後の1933年5月敦賀港に上陸、
京都に到着したのです。
そして桂離宮を見学した彼は「私達は、今こそ真の日本を知り得たと
思った」と、その建築を絶賛。その後、日本各地を訪れたあと、
群馬県高崎市の少林山達磨寺の洗心亭に滞在、日本独特の素材を生かし、
伝統的な技法で家具や工芸品などモダンな作品を数多く作り出しました。
先の桂離宮や伊勢神宮、白川郷などの民家に日本の伝統美を
見出した彼は「日本美の再発見」などの著書も遺しています。
そんなブルーノ・タウトですが、日本における建築作品はひとつだけしか
ありません。その唯一の作品が旧日向別邸の地下室です。
実は、私、その旧日向別邸に昨年の10月から今年の3月まで、
定期的に調査に行ってました。そこで、前置きが長くなりましたが、
今回は重要文化財旧日向別邸をご紹介したいと思います。
旧日向別邸は温泉保養地の熱海に、昭和9年(1934)渡辺仁氏の設計で、
木造2階建の住宅として建てられました。その直後、南側の海を見渡す
崖地に土留を兼ねたRC造の地下躯体が、清水組(現清水建設)の
設計施工で建設されました。屋上は庭園とし、地下室がブルーノ・タウトの
設計によって作られ、和と洋の調和のとれた空間が表現されたのです。
上屋の木造2階建住宅は、和洋折衷式で屋根は切妻造施釉桟瓦一文字葺、
腰葺を銅板にしています。外壁は大壁の白色リシン塗、開口部の上部には
銅板葺の庇が付けられ、細部まで手の込んだ造りをしていました。
平面構成は、1階が東向きの玄関に、ホールを挟んで北に台所、
南は居間(床の間付上段の間付)・主婦室・主人室・浴室と並び、その北側に
廊下・階段室・便所・化粧室があります。2階は、階段を上がったホールの
北に便所、東に納戸、南に客間、西に六畳間とベランダを配しています。
温泉場ですから、浴室に温泉を引き込んであります。その配管が居間の
上段の間・主婦室・主人室の床下を通っているのですが、その発熱を
利用して、上段の間や押入に設けられたガラリから室内に取り込む、
所謂、セントラルヒーティング方式の暖房が設けられていたのには驚きました。
そして地下室。ここはブルーノ・タウトの設計ですが、既にRC造の躯体は
完成しており、内装のみを行ったと考えられています。上屋の玄関脇の
居間から、階段を降りると、ホールがあり、西に倉庫、東に洗面・便所。
南はアルコーブと社交室が見渡せ、竹の手摺の付いた階段を降ります。
そこからは、相模湾の海が絶景でした。その奥に洋間と上段、
さらに日本間12畳と上段、ベランダ・洗面・日本間5畳と並びます。
インテリアはどの部屋も凝っていて、アルコーブと社交室は、床に楢材の
寄木板張り、腰壁と柱型は桐板張りですが、そのディテールは凹凸を
付けており、壁は淡い黄色の漆喰塗です。天井は桐板を矢羽根状に張られ、
波をイメージした豆電球の照明を吊るしています。洋間は、床に楢材の
縁甲板張り、壁はワインレッドの絹布のクロス貼り、天井は折上げて
下部には板を張り、上部はクロス貼りとし、その間に間接照明を
付けています。上段に上がる段は座りやすさを考えたと思われ、
幅もまちまちで、40cm・28cm・43cmとなっていました。
床は楢材の縁甲板、壁はワインレッドの絹布のクロス貼りで
下段と同じですが、壁収納や飾り棚を設け、現代の住宅に引けを取らない
工夫とアイデアが見受けられます。日本間は12畳の畳敷きで西側に
床の間を備え、東側は洋間同様に上段につなぐ段を設けています。
段状も洋間と同様ですが、こちらは木部を弁柄色の漆塗りを施しています。
壁はうぐいす色の土壁で下部に和紙で腰張りをしています。
上段には張り出しを設け、書見棚を付けるなど工夫が窺えます。
その奥の日本間5畳は、白木で壁も土壁の質素な造りとしており、
書院造りにおける大間の書院座敷とその裏に連続して設ける小間の座敷や
茶室などを思わせることから、伝統的な書院造りの空間構成を
取り入れたものと考えられます。ベランダは敷瓦の四半敷きの床に壁は
白漆喰塗、窓には木製ガラリを蔀戸(しとみど)の形式で設置しています。
このように、洋と和をうまく組み合わせ、いたる所に日本独特の素材や
伝統的な様式、技法を取り入れた素晴らしい建築。私自身、設計において
もっともっと、工夫やアイデアが必要だな、と考えさせられる調査でした。
一般公開もしていますので、興味を持たれた方は、訪ねてみられては
如何でしょう?ちなみに、見学には葉書による予約が必要です。
平面図を見る>>>